銀行マンが、じつはたんに転職願望者なのか、それとも本気の転職希望者なのか、私にはまだほんとうのところがわからない。なぜなら彼は、つい最近まで二十年前までのムードとシステムを残す大銀行勤務だった。そのなかに三十年間どっぷりと漬かって生きてきた人が、いくら時代が大きく変わったからといって、すぐに「転職願望者」から「転職希望者」に変われるものかどうか、私にはいささか疑問だからである。その意味で、彼はやはり過渡期の人なのである。
[参考]
広島 転職
広島県の転職・求人情報検索 - 転職のリクルートエージェント
http://www.r-agent.co.jp/kensaku/kinmuchi/hiroshima/
福岡 転職
福岡県(北九州、博多、久留米など)の転職・求人情報検索 - 転職のリクルートエージェント
http://www.r-agent.co.jp/kensaku/kinmuchi/fukuoka/
愛知 求人
愛知県(名古屋など)の転職・求人情報検索 - 転職のリクルートエージェント
http://www.r-agent.co.jp/kensaku/kinmuchi/aichi/
もちろん彼や私の世代が実際に生きてきたのは、戦後の企業社会と、いまの過渡期という二つの時代である。しかし、私自身は、かなり早い時期に前者(戦後の企業社会)に見切りをつけ、後者(過渡期)をすっ飛ばして、次の時代に居場所を移しているという自覚がある。なぜ私は戦後の企業社会に見切りをつけたのか。それは、あまりに日本固有の特殊な社会が未来永劫そのままのかたちで存続するとは、とても信じられなかったからである。その理由は、二十年前に言い出したとき、理解する人はほんとうに少なかった。誤解のないよう書いておくが、私は別にアメリカと比べて特殊だとか、遅れているといった、近視眼的な見方でいっているのではない。世界中のあらゆる国と比べても、もっといえば有史以来の地球上に生まれたどの国を探しても、戦後日本のような特殊な社会をつくった国は見当たらないのである。